学習データに本人の声がなくても、権利侵害になりうる
AIで作った声は、どこから違法になるのでしょうか。法務省の検討会が2026年8月に公表した解釈指針を、音声AIを開発する事業者の目線で整理します。

2026年8月7日、法務省の検討会が「肖像、声等の無断利用による民事責任の在り方に関する検討会 取りまとめ報告書」を公表しました[1,2]。生成AIによる声の無断利用がどこから民事責任を生むのかを判例に沿って検討した、全143ページの文書です。音声AIを開発する側の直感と逆の結論が複数あり、「学習データに本人の声が入っていなければ安全」という直感も否定されています。
報告書が見ているのは、学習データの由来ではなく、生成・公表された声が誰の声として識別され、どう利用されるかです。学習データがクリーンかどうかは、この考慮の中心に入っていません。
では、声はどのような権利で守られるのでしょうか。本人の名前をタイトルに出すと、判断はどう変わるのでしょうか。開発・提供する側は、何を決めておけばよいのでしょうか。この順に整理します。
声は、どのような権利で守られるのか?
中心になるのはパブリシティ権です。パブリシティ権とは、氏名や肖像が持つ「客を引きつける力」(顧客吸引力)を、本人が独占して利用できる財産的な権利です。法律の条文ではなく、最高裁がピンク・レディー事件(2012年)で認めた判例上の権利です。報告書は、声も人物を識別する情報であり、人格の象徴でもあることを理由に、この判決の言う「氏名、肖像等」の「等」に声を含めました[1]。
財産面とは別に、精神面は「声をみだりに利用されない権利」(報告書の便宜上の呼称)が受け持ちます。こちらは顧客吸引力を前提とせず、有名人に限らず一般人の声にも及びます[1]。
パブリシティ権の侵害になるのは、次の3類型のいずれかに当たるなど、専ら(もっぱら)声の顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合です[1]。「専ら」が付くため、3類型に触れても侵害にならない場合があります。ピンク・レディー事件の判決自体がその例です。
| 類型 | 内容 | 報告書が挙げる例 |
|---|---|---|
| 第1類型 | 声それ自体を独立して鑑賞の対象となる商品等として使用 | ボイスメッセージ、ボイススタンプ |
| 第2類型 | 商品等の差別化を図る目的で声を商品等に付す | 有名人の声が再生される目覚まし時計 |
| 第3類型 | 声を商品等の広告として使用 | 広告ナレーション、なりすまし広告 |
| 分類について見解が分かれた一群 | 立場により第1・第2類型か、3類型に準ずる扱いに分かれる | オーディオブック、AIカバー、カーナビ、スマートスピーカー |
最後の行は見解が分かれた一群ですが、どの立場でも結論に大差はないとされています[1]。
侵害にならない側も示されています。通常の物まねや声まねは、本人ではなく物まね演者自身を示すものとして、本人のパブリシティ権の侵害には当たりにくいと整理されています。ただし、演者名を伏せて本人の声として提示するような態様では、別の評価になりえます[1]。実在の人の声を使わずに作られたキャラクターの声については、実在人物の声のパブリシティ権という論点は生じません[1]。一方で保護の敷居は低く、声優は顔や名前が知られていなくても、声に顧客吸引力があれば足ります[1]。
本人の名前を出すと、判断はどう変わるのか?
実在の歌手Xに似せた声で別の歌手Aの曲を歌わせ、「AI歌手XにAの曲を歌わせてみた」のタイトルで公開する場合、本人の歌唱でないと明示したから安全だと受け止められがちです。報告書はこれを否定しています。氏名や曲名などの付加情報は、声の類似性とあわせて、本人の声の顧客吸引力を利用しているといえるかを判断する事情になります[1]。聞き手がAIの声をどこまで聞き分けられるかは、AIの声は、どこまで本人の声と聞き分けられないのかで説明しています。
同じ表記が、どの法律で見るかで有利にも不利にも働きます。
| 法律 | 本人名の表示・打消し表記の効き方 |
|---|---|
| パブリシティ権 | 本人名の表示は、声の顧客吸引力の利用を裏づける事情になり、侵害を肯定する方向(不利) |
| 不正競争防止法2条1項1号(本人側の商品・サービスだと誤認させる行為 = 混同惹起) | 「本人とは無関係」の付記は、混同を否定する一つの事情になりうる(有利に働きうる) |
| 不正競争防止法2条1項2号(著名な表示を無断で使う行為 = 著名表示冒用) | 混同が要件でないため、打消し表記を付けても責任は免れない |
なお検討されたのは本人名を含むタイトルと「本人とは無関係」の付記までで、「AI生成です」という一般的表示の効果は論じられていません。
学習データに本人の声がなければ、安全なのか?
安全とは言えません。本人に似せることを企図して音声を生成・公表すれば、学習用データセットに本人の声が含まれるか否かにかかわらず、権利侵害となる可能性があります[1]。学習データに何を入れたかだけでは安全を主張できません。
学習させる行為そのものは、侵害に当たるとする意見とそう評価するのは困難だとする意見に分かれ、結論が出ていません。ただし侵害に当たらないとしても、侵害の予防請求の対象にはなりうるとされています[1]。
差止めや廃棄を求められる対象も、学習データではなく、権利を侵害する音声コンテンツです。サイトからの削除にとどまらず、音声データの廃棄まで求められる場合があります[1]。学習用データセットからの除去については、報告書本文の結論ではなく、著作権側の審議会の考え方が脚注で紹介されるにとどまります。
開発・提供する側は、何を決めておくべきか?
まず、売り方です。生成AIのモデルやサービスの提供それ自体は、原則として3類型に当たりません。しかし、著名人そっくりの声を容易に作れることをセールスポイントに有償提供すると、3類型に準ずる行為として侵害になりうるとされました[1]。同じ技術でも、宣伝文の書き方で法的評価が変わります。
次に、侵害を減らす措置です。利用者が権利を侵害したとき、サービス提供者も共に賠償責任を負うか(共同不法行為)が問題になります。報告書は、その判断材料として、侵害が起きる見込み(蓋然性)や被害の大きさ、提供者が侵害の発生を認識できたかを挙げています[1]。固有名詞をプロンプトから除くフィルタリングのような措置を実装していれば、提供時点で侵害の見込みがあったとは直ちにいえない、という評価に傾きます。この例は報告書が引く経済産業省の手引き(対象は画像生成AI)によるもので、音声サービスでの具体的な実装と効果は別途の検討になります[1]。
最後に、契約です。報告書は利用許諾(ライセンス)契約にも独立の項を割き、独占的許諾の有効性、許諾を受けた側が自ら差止め等を請求できるか、契約終了後の利用継続の損害額まで整理しています[1]。「譲渡する」と書いた契約も無効にならず、公序良俗に反しない範囲で独占的利用許諾と読み替えられます[1]。
範囲に入っていないのが、与えた同意を後から撤回する場面です。「撤回」という語は全文に一度も登場せず、少なくとも独立の論点としては扱われていません。権利の性質だけは整理があり、精神面の権利は一身専属で譲渡できず、パブリシティ権の譲渡性は見解が一致しませんでした[1]。TARVOでは、学習に使う音声は本人の同意を得て取得・利用し、キャラクターの声はIP側とのライセンス契約の上で扱っていますが、撤回時のモデルと生成済み音声の扱いは、契約で決めておくほかない項目として残っています。
報告書は自らを解釈指針と位置づけています。立法の要否(不正競争防止法の改正を含む)は、報告書が引く知的財産推進計画2026で継続議論の段階です[1]。「本人ではありません」という打消し表示がどこまで効くのかは AIで再現した声は、「本人ではありません」と書いても免罪符にならない に記載しています。
まとめ
報告書が見ているのは、学習データの由来ではなく、生成・公表された声が誰の声として識別され、どう利用されるかです。声はパブリシティ権と「声をみだりに利用されない権利」で守られ、本人名の表示は法律によって有利にも不利にも働きます。本人に似せることを企図すれば、学習データに本人の声がなくても侵害になりえます。評価を分ける名前・売り方・措置は、モデルの中ではなく、企画書と契約書の側にあります。
よくある質問
AIで他人の声を無断で使うのは、日本の法律で違法になりますか?
違法になりえます。本人の声として識別され、専ら声の顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合は、パブリシティ権の侵害として民事責任が生じえます。精神面の「声をみだりに利用されない権利」は、有名人に限らず一般人の声にも及びます。個別の評価は事案ごとの判断になります。
本人の名前をタイトルに出すと、権利侵害の判断はどう変わりますか?
パブリシティ権では、本人名の表示は声の顧客吸引力の利用を裏づける事情になり、侵害を肯定する方向に働きます。一方、不正競争防止法の混同惹起では、「本人とは無関係」の付記が誤認を否定する事情になりえます。著名表示冒用では、打消し表記を付けても責任は免れません。
学習データに本人の声を使っていなければ、権利侵害になりませんか?
なりえます。本人に似せることを企図して音声を生成・公表すれば、学習用データセットに本人の声が含まれるか否かにかかわらず、権利侵害となる可能性があります。差止めや廃棄の対象になるのも、学習データではなく、権利を侵害する音声コンテンツの側です。