AIとの通話はなぜ会話が噛み合わないのか
AIの電話応対では、まだ話しているのに被せてきたり、逆に沈黙が長くなったりします。この「間」のズレは、どこから来るのでしょうか。人間の会話の速さと、機械が話し終わりを判定する仕組みから説明します。

AIの電話応対では、内容が間違っていなくても「会話しにくい」と感じることがあります。まだ話している途中で返事を被せられたり、反対に話し終えても返事が来なかったりするためです。1回のズレは1秒にも満たなくても、そのたびに言い直しや聞き直しが生じると、用件を伝えること自体が難しくなります。
人どうしの会話では、相手が話し終わるころを見計らって、自然に次の人へ発言権が移ります。このやりとりがターンテイキングです。人間どうしならほぼ無意識に行っているこの判断を、AIとの通話では機械が代わりに行います。被せと、返事までの待ちの少なくとも一部は、相手が話し終えたかを機械が判定していることから生まれます。
では、人はなぜ0.2秒ほどで返事を始められるのでしょうか。AIが無音の長さで話し終わりを決めると、なぜ被せと沈黙が同時に生まれるのでしょうか。返事までの沈黙には、ほかにどんな時間が含まれるのでしょうか。この順に見ていきます。
人はなぜ、0.2秒ほどで返事を始められるのか?
人間どうしの会話では、相手が話し終わってから返事を始めるまでの間が非常に短くなります。10言語の日常会話を調べた研究では、質問への返事は発話終了後0〜0.2秒の範囲に最も集中していました[1]。言語ごとの平均には差がありますが、全体の平均からおおむね±0.25秒以内に収まります。
ところが、人が返事を組み立てる処理には、それより長い時間がかかります。実験研究では、単語を発話する準備だけでも0.6秒程度以上を要するとされています[2]。返事までの間が0.2秒しかないのに、準備にはそれ以上かかる。人間は相手が話し終わってから返事を考え始めているのではなく、相手の話の途中から「そろそろ終わる」「趣旨はこうだ」を予測して、準備を始めているわけです。ターンテイキングの自然さは、この予測の上に成り立っています。
無音の長さで話し終わりを決めると、なぜ板挟みになるのか?
AI側は、人間のように文脈から「そろそろ話し終わる」と予測できるとは限りません。単純な構成では、まず声が出ているかどうかを検出し、無音が一定の長さ続いたら「話し終わった」とみなします。前者の検出が発話区間検出(VAD: Voice Activity Detection)、後者の判定がエンドポインティング(endpointing)と呼ばれます。
この方法には、構造的な板挟みがあります。
| 無音の待ち時間 | 起きること |
|---|---|
| 短くする | 考えながらの言いよどみを「話し終わり」と誤判定し、途中で被せてしまう |
| 長くする | 本当に話し終えたあとも待ち続け、沈黙が延びる |
「えーと、住所変更をしたくて……あ、あと」の「……」で発言権を取られるのは、考えている間の無音を発話終了とみなす誤判定によるものです。人間なら、声の調子や文の形から「まだ続く」とわかります。無音の長さしか見ていない判定には、その区別がつきません。被せと沈黙は別々の不具合ではなく、この待ち時間の設定ひとつの両側として現れます。
この問題は、電話だとさらに難しくなります。対面なら、相手の声だけでなく、視線や身振りからも「まだ話し続けそうだ」「そろそろ終わりそうだ」と判断できます。電話では、その手がかりが使えません。実際、冒頭の10言語の研究でも、話し手が相手を見ながら質問すると返事が速くなる傾向が報告されています[1]。
AIの返事が届くまでに、どの時間が加わるのか?
エンドポインティングの待ち時間だけが、沈黙の中身ではありません。理解・生成・伝送を順に行う一般的な構成では、AIの返事が届くまでに次の時間が加わります。
- 話し終わりと判定するまでの無音の待ち時間
- 聞き取った内容を理解し、答えを組み立て、声を作る時間
- 作った声が回線を通って相手へ届く時間
理解・生成・音声化を順に走らせる直列の構成では、かかった時間がそのまま足し算になります(聞き取りと生成を重ねて進めるストリーミング構成では、一部を重ねられます)。
3つ目の回線を通る時間には、国際的な目安があります。口元から耳元までの片方向が0.15秒未満なら、多くの用途で遅延をほぼ意識せずに使えるとされ、一般的なネットワーク設計では0.4秒を超えないことが推奨されています[4]。これは声が回線を通る時間の目安なので、AIが返事を考える時間はこれとは別に足されます。人間の返事が0.2秒で始まる世界では、この足し算がそのまま「間」として聞こえます。
無音を待たずに、話し終わりを予測できるのか?
沈黙の長さだけに頼らない研究も進んでいます。対話の音声から「この先どちらが話すか」を途切れなく予測しつづける方式が提案されています。無音が一定時間続くのを待つ代わりに、発話の途中から次にどちらが話すかを予測する方式で、人間がやっている途中からの予測にエンドポインティングを近づける考え方です。CPU環境でもリアルタイムに処理できることが示されています[3]。
それでも、相槌なのか発言の始まりなのかの区別、考えている途中の沈黙と本当の話し終わりの区別、複数の人が同時に話し出した場面の整理は、無音の長さだけでは判定できません。そのため本記事では、判定の誤りをゼロにすることを目指さず、被せてしまったときに聞き直しや言い直しへ自然に戻れる対話の流れを用意して、影響を小さく抑える設計を勧めます。
まとめ
無音ベースの構成では、AIとの通話の被せと長い沈黙は、話し終わりをどう判定するかという同じ設計の両側として現れます。待ち時間を短くすれば被せが増え、長くすれば沈黙が延びます。その上に、理解・生成・伝送の時間が積み上がります。製品を選ぶときに確かめるのは、判定の待ち時間を調整できるか、被せたあとに聞き直しへ自然に戻れるか、そして理解や生成も含めた全体の待ち時間です。この判定が応対全体のどこに組み込まれているかは ボイスボットの中身は、4つの技術のリレー に記載しています。
よくある質問
AIとの通話で会話が噛み合わないのはなぜですか?
相手が話し終えたかどうかを、機械が無音の長さで判定しているためです。待ち時間を短くすると言いよどみに被せてしまい、長くすると返事までの沈黙が延びます。人間のように話の途中から終わりを予測できるとは限らないため、この板挟みが「間」のズレとして現れます。返事までの沈黙には、理解・生成・伝送の時間も加わります。
ボイスボットが話し始める「間」はどう決まっていますか?
多くの構成では、無音が設定した長さだけ続いたら話し終わりとみなし、そこから聞き取りの理解、答えの組み立て、声の生成、回線の伝送を経て返事が届きます。この合計がそのまま沈黙になります。無音を待たず、発話の途中から次にどちらが話すかを予測する方式の研究も進んでいます。
被せをなくすことはできますか?
単純な無音判定では、待ち時間を短くするほど被せが起きやすくなります。相槌と発言の始まりの区別のように、無音の長さだけでは判定できないものも残ります。そこで、被せが起きたときに聞き直しや言い直しへ自然に戻れる対話の流れを用意して、影響を小さく抑える設計を勧めます。
参考文献
- Stivers et al. - Universals and cultural variation in turn-taking in conversation (PNAS, 2009)
- Levinson & Torreira - Timing in turn-taking and its implications for processing models of language (Frontiers in Psychology, 2015)
- Inoue et al. - Real-time and Continuous Turn-taking Prediction Using Voice Activity Projection
- ITU-T - Recommendation G.114: One-way transmission time